最近、食事の断食ならぬ「ネット断食」というものを行っています。なので最近はWikipediaでどうしても調べものをしないと行けないとか、新しい本をアマゾンで探す時しか殆どネットは活用しない。Yhaooニュースは勿論、LINEもFacebookもTwitterも更新してない。最初は「ネットが無くて心配」という思いもあったけれど、別に無ければないでいい。むしろ、無い事によって心の平穏が保たれている。で、本書はタイトルの過激さからも感じ取れるように「ウェブはバカと暇人のもの」という内容になってます。勿論ね、賛否があって「いゃネットはバカじゃない」とか「いゃネットは暇人のものじゃない」といった思いを抱くかもしれませんが、ボクはおおむね言っている事は理解できました。



ただ、著者自身が結構炎上体質で、そりゃ炎上するわな、、といった雰囲気もあるので、それはご勘弁を。



●大宅壮一が言った「一億総白痴化」とHIKAKINは低俗ではないのか?の話。



Wikipediaによれば、こういう事になります。



「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いの言葉である。
最近は低俗な番組が多い。これは今の昔も言われてましたが、最近は特に雛壇芸人や低予算の番組が増えた事は事実です。若者の中には「テレビ離れ」という言葉も流行っていて、実際、若者なのに家にテレビが無いという人もも増えているそうです。じゃあその時間は何をしているのか?と問われれば、ネットを見ている人が多いみたいですね。それこそ、「ニコニコ動画」や「YouTube」そして、「LINE」や「パズドラ」といった類が挙げられると思います。じゃあ質問ですが、テレビで低俗でYouTubeは低俗ではないかの?という話がありますよね。めちゃイケは低俗でHIKAKINはそうじゃない。ポケモンは低俗だけど、LINEはそうじゃない。これはむちゃくちゃな理論ですよね。



自分で選んでいるから能動的だと思っているけど、結局場所が変わっただけで、見ているレベルにそう違いはないじゃないかと思います。ニコニコ動画はどう考えても高貴とは思えない。結局は自分で選んでるように見えて、おすすめ機能やYhaooニュースでのトピックのように機械にしろ人力にしろ、選ばれたものを見ている事は、テレビ時代とそう変わりないわけです。



●渋谷なうの意味。



ボクがTwitterをつぶやかなくなった一番の理由は、結局、無意味だなと思ったわけです。渋谷に着いて「渋谷なう」とつぶやく。今では結構当たり前の出来事ですが、へっ、、、それは何の意味があるの?という事なわけです。何か利用しているっていうより、利用されている感が強いわけです。LINEのつぶやきでもいいですけど、結局、自分の限りある時間でそんな事してていのか?という事を思うわけです。自分の人生を振り返って、「おれこんな、くだらない事言ってたのか」と思いたくない。その時間があったら自分の鍛錬に使った方がいい。例えば、映画を見るとか、本を読むとかね。



勿論、それが友達同士で楽しいのは事実ですけどね。

まぁ最近はそれを義務的に思っている学生も多いみたいですけど、、。



●ウェブはバカと暇人というより、殆どバカだろ。



と、冒頭の「一億総白痴化」という言葉に戻りますけど、はっきり言ってボクも含めて殆どの人はバカなんですよね。だから、ネットもバカ。だって良い大学って、例えば4大大学(早稲田とか慶応とかね)だって狭き門なんですよ。その中でも分数ができない学生がいるわけですから、殆どの人はバカなんです。



●感想。



かなり刺激的な内容でした。ちょっと強引な部分がありすけど、出版から数年経った今でも十分に通用する本だと思います。皆さん、ネットへの過度な期待は禁物ですよ。
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