今、日本政府にはびこっている黒い陰。例えば、日本は少子化だから成長はしない。人口が減るからグーバルだ、グローバルに事業を展開しろ!といった声を聞く。著者はこのような事を総称して「経済自虐史観」と名付けている。例えば、そもそも「経済」という言葉の由来は何なのか?本書ではこう綴っている。
「経済」の目的とは何だろうか。多くの人が勘違いしているように思えるので、まずは「経済」の定義をしておきたい。実は経済とは、経世済民という四文字熟語の略だ。(中略)経世済民とは何を意味しているのだろうか。経世済民とは、人々を救うための「世を(おさ)め、民を(すくう)」ことである。経世済民とは、人々を救うための「政(まつりごと)」なのである。
世の中に広く広まっている経済とは違って、お金を儲けるといった事とは違うのだ。もっと健全で素敵な言葉だったりする。
よくニュース番組を見ていると、政府の財政と家計を比較して、貯金100万円に対して1000万円の借金がありますよー、これ以上借金をしたら国家が破綻してしまいます。といった事が言われています。しかし、国と家計の大きな違いは輪転機を回せるかの違いがある。例えば、100万円の借金がある家庭は親や友達に借りてでも借金を返済する必要があるが、国の場合はお金を刷って、はい借金返済しますよ!という事が可能なのである。日本の借金は100%が円建てなので、いざとなればお金を刷れば済む。これとは対照的なのが共通通貨ユーロを使うEUなわけだが、、。

よくお金を刷るというと、ハイパーインフレが起こるという事を声高に叫ぶ人がいる。しかし例えば、日本が最高のインフレを迎えた戦後の焼け野原だった頃のインフレ率は500%だった。ハイパーインフレの定義は、
ハイパーインフレーションとはフィリップ・ケーガンにより、「インフレ率が毎月50%を越えること」と定義されている。毎月のインフレ率50%が持続すると、1年後には物価が130倍に上昇することになる。すなわち、インフレ率13000%である。
との事になる。戦後の厳しい状況で500%それも数年で元に戻っている事を考えると、経済エコノミストが言うように、日本がハイパーインフレが起こるぞ!といった恐怖を煽る発言はあまり現実的ではない。
それに加えて、よく日本は「人口が現象しているからデフレなんだ」といった事を叫ぶ人がいる。しかし、人口が減っているのは世界的に見ると日本だけとは限らない。例えば、ハンガリー(日銀などのレポートでは削除されている)では人口が減っているが物価上昇率は6%を越えをしている。三橋氏はこの違いを「バブルを経験しているかの違い」だと説明している。その中で三橋氏は大ヒット新書である「デフレの正体」を引用して、こう綴っている。
我が国が「間違いなく」デフレから抜けられないということは、日本政府はもはや税金を国民から徴収する必要はないのではないか。政府の支出は、公務員給与も公共事業も、年金も生活保護も、全てを日本銀行の「通貨発行」賄ってしまえばいいのである。日本政府がまさに湯水のごとく日本銀行に通貨を発行させ、国民に支払ったとしても、我が国の人口減少が続く限り、インフレに「間違いなく」ならないわけだ。
例えば、経団連の米倉会長のように、モンサントの遺伝子組み換え作物を売るために政府を煽ったりする。新聞も何故か増税やデフレについて、まったく間違った発言をする。それが何故だかは分からないが、それぞれに利害があるという事だろう。それか無知なのかのどちらかだ。日本には自虐的経済史観の人が多すぎる。何故、自国を悲観するのだろう?何故、明るい方向に向かわないのだろう?それは利害があるからなのだろうか。

本書の中で道州制にも触れられている。
ただこの項目に関しては、複雑な印象を持った。確かに、道州制は細切れに国を分割する事でもある。例えば、災害に強いお金のある地域とお金のない災害に弱い地域が出る可能性もある。ただ、この辺は大前研一氏が言うように、地域別にみればそれぞれ(例えば、中部道、関西道)などは世界でも有数の規模を誇る。それを大前氏がクオリティ国家と読んでいるのだけど、やはり今の行政の問題を考えると、道州制は正しい方向なのでは?とも思わなくもない。例えば、北海道に時差を設けて世界で一番早く開く市場にするといった事が大前氏の主張だ。

やはり東京に全ての機能が集中しているのは問題だと思う。

この本が正しいのかは読者の知識や経験にもよるが、ただ一つ言える事はテレビや新聞、学者、エコノミストの言い分を100%信じる事は問題だと思う。賛成、反対の意見を見て自分で結論を出す事が理想だろう。「日本は借金があっても国家は破綻しない」これが三橋氏の主張だ。
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