映画館には行けなかったけど、レンタル開始されたので即効でツタヤに行って来ました。はっきり言うと、この作品は感想が「すごくよかった」と「すごくよくなかった」に分類されると思います。たぶん、おおかみの子を授かった花(声:宮崎あおい)の母親としての姿勢に、どれだけ感情移入して共感できたか?が、評価の分岐点だと思う。おおかみの子を授かった花。そして突然のおおかみおとこ(声:大沢たかお)の死。彼の死因が明かされることはない。ストーリー上(栄養のあるものを食べさせたくて外に出た)という設定はあるものの、本作が単純な家族の物語でない事を示唆しているようです。

●花の母親としての成長

花の母親としての成長。大学の奨学金とクリーニング屋のバイトで何とか生活を成り立たせていた花。そこに突然、おおかみおとこが出現する。

さっきのおおかみおとこの死因が明らかにされない。と書きましたが、存在がおおかみである。という事以外は極端に情報がクローズになっている。彼が子ども時代にどうやって暮らしていたのか「それが聞けなかった」と、のちに花は後悔する。花たちが田舎に引っ越したあと、花が初めて悩みを打ち明けたのは保護されている「おおかみ」だった。おおかみの子供を授かったという宿命。

出産の時も雪が病気になった時も、彼女は本を片手に独学で学ぼうとする。僕らの親も最初は何も分からなかった。子供からすれば頼るのは親だけだが、親の誰もが悩んでいる。ただ確実に心の中にはあるのは「我が子」というかけがえのない事実でしょう。かけがのない存在だからこそ、無償の愛を捧げる事ができる。そこに、おおかみと人間の差なんてない。自分の愛する子供という存在しかない。

雨がおおかみの姿で川に流れた時、花はぎゅっと雨を抱きしめた。それまでおおかみの子ではなく人間として育ててきたものを無視して、おおかみでも人間でもいい。生きてさえいればいい。という、親としての感情をむき出しにしたのだと思います。

●「雨」と「雪」の成長について

雪は子供の頃から天真爛漫で活発な女の子だった。
雨は逆に、ひ弱でいつも花の近くに寄り添っていた。

「雪」と「雨」に転機が訪れたのは「雪」が小学校に上がった時でしょう。それまで天真爛漫で自由活発だった女の子が小学校に上がって人間の友達を作り、より人間らしい姿になっていく。同い年の子供がカラフルなアクセサリーを宝箱に入れている一方で、雪の宝箱には虫の抜け殻が入っていた。当然、友達からは敬遠される。そこで「あっ私は人間の女の子なんだ」という思いを強く抱くようになる。小学校進学の条件として「絶対に人前でおおかみにならない事」その合い言葉として「たこ3つ」というものがある。花が縫ってくれた青色のワンピース。雪はこのワンピースにどんなに助けられたことか。

雪が人間の女の子として、より人間的になる一方で、
雨は山に入りよりおおかみらしい生き方を選択する。

雨がおおかみとして生きていくと決め2人の元を去っていく。
雪も中学の進学と共に学校寮に入るため花のもとを去っていく。おおかみの子として生まれた2人の対比がよく表されていると思った。一方は人間として、一方はおおかみとして。それはある意味で必然的な事だったのかもしれない。本作は雪が過去を振り返りながらナレーションを入れるという構成になっている。たぶん、その答え(過去)が悪い事ではない、ある意味でプラスとしての思い出として捉えられているのかもしれない。

●花の母親としての思い

山で遭難し、夢の中に出てきた「おおかみおとこ」の姿。そこで、「うまく育てられなかった」と泣きついた。おおかみとして生きる事を決意し去っていく雨に「まだ何もしてあげられてないのに」と泣き叫ぶ。花の母親としての成長を一瞬で描いている。花の中には「まだ子供」という思いが心の中にあるのだと思う。ただ、子供は親の知らないところで成長する。親の知らない間に子供は成長する。本作の大きなテーマとして、親と子供の成長に対する乖離みたいなものが根底にある。子供が「僕、ミュージシャンになるよ」と言ったりする。親からすれば「いい大学に入って、いい会社に就職するのよ。ミュージシャンなんて安定した生活ができないじゃない」と思うかもしれない。でも子供である以上に1人の人でもある。それを親が決める事はできない。雨がおおかみとなり、雪が人間になる。それはそれで間違った選択じゃない。

子供が自分の人生を歩めればいい。それが花の覚悟であったり、子供に対する思いなのかしれない。
雪と花が中学の入学式で笑顔の写真。そして、写される家に残された2人の勉強机とランドセル。何か達成した気持ちがある一方で、寂しい気持ちを感じ取ったのは僕だけでしょうか。

この作品を見た後、1時間くらい何も手に付かなかった。
「複雑な感動」が心の中に残っていた。深い作品です。
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